もし仮に、私が巨大タコを釣り上げてしまったら
タコ釣りについて書いた後、ある飼主さんから「先生、バックラッシュしたんだって?」と聞かれました。【バックラッシュってなんだ? フランダースのパトラッシュなら知っているが…】
内心戸惑っていると、どうやらバックラッシュとはリールが絡まることを意味するそうで、タコ釣り用リールはタイコリールと呼ぶことを初めてその時教わりました。
「先生、タコ釣りはぜったい投げちゃだめやで」
ありがとうございます。もう投げません。
いままでの人生のような、安易に物事を放り投げたりするようなことは絶対にいたしません。
たぶん。
また、ありがたきことはこれだけではありませんでした。
ほかの飼主さまからはせっかくタコ釣りに行ったのに釣果がほんまのほんまのタコだったことに憐れみを感じてくれたようです。
「先生、釣れなかったんだって」
「はい」
「いま、淡路島へ遊びに行った帰りなの。で、本場淡路のたこせんべいの里でせんべいを買ってきてあげたから元気出し」
とばかりにタコせんべいのアソートをいただきました。
お気遣いありがとうございます。
そうですねん。あれから三度釣りに行きましたわ。
で、いまだタコです。一匹たりとて釣っていません。
そのことをタコせんべいをいただいた代わりに伝えると、
「えっ。うそでしょ。夏は結構釣れるって聞きますけど」
「でも釣れなくて」
「えっ。うそでしょ」
と再度、驚きと憐れみの目でじっと見つめられました。
なんで、あなたまでそんな目で私を見るのですか……。
スタッフだけで十分なのに…。
そんなことが幾度かあり、私の心に火がめらめらとともったのは言うまでもありません。
お盆休みです。帰省なんてできやしません。
だって故郷NYまで帰省したらトランプさんにまでしかられそうです。
ということで今年はほんまの宙ぶらりんの夏休みがやってきてしまいました。
とはいっても、今や誰も私を遊んでくれません。すでに息子は父と一緒にいるのを嫌がる歳となりました。
妻なんて何十年も前から相手にしてくれません。
スタッフだって今やそうです。
ならば…。
俺が相手にするのはタコしかない。
たぶん、これからの人生、私はタコを相手に生きていくしかないのだ。
そんな思いで、明石から我が阪神の甲子園浜へと舞台を移し、今回も行ってきました。
あらかじめいろいろと考えた上での再挑戦です。
何事も反省点を生かしていかなければ上達はありません。
釣り糸の結び方も覚えました。外科結びという暴挙はあれ以降しておりません。
ふざけた名前の、ゆらゆらタコくんも新たな色彩を調達しました。
きっとピンクのタコくんだけでは海面下のほんまもののタコの心は掴めないのです。
だから、黄色や青のゆらゆらタコくんも用意しました。
こいつら名前だけでなく、本当にふざけた顔をしています。
ほんまこんなやつらで釣れるんやろうか。
ま、後は時間帯か。
朝早くから言っても、釣れなかったから今回はやめよう。
夕方から狙ってみよう。
よし。決まった。
で、夕方四時すぎ。そろそろご先祖さまたちがナスビの馬にまたがって、里帰りされる頃。
暑さが残る甲子園浜の堤防にはそれほどの人はいません。
これはありがたきことかな。だって近くに人がいると、また何かあったときに笑われる。
そう思い、さらにはできるだけ隣の釣り人と距離をとって場所を陣取りました。
視線をあげると鳴尾浜。
対岸には工場や倉庫の群れが並ぶ。
目の前の海では、ヨットで優雅に遊ぶ人たちが…。
さあ、ゆらゆらタコくん。
いよいよ、君の出番だ。
気を付けて、いってらっしゃい。
グッバイ。
そしてグッジョブ。
お別れの投げキスをし、ふざけた顔をしたタコくんを波打つ水面へするすると落とす。
後は、なるようになりなされ。
待つだけよ。
そう、私、待つわ。
待つわ~待つわ~、いつまでも待つわ~
と、誰も近くにいないことをいいことに、昔の歌を大声で口ずさみながら、本当に待つこと三時間。
少しも釣り竿に反応なし。
時たま、ゆらゆらタコくんがどうなったのか不安になり、リールを巻いてみるも、ゆらゆらタコくんは文字通りゆらゆらとしたまま、へらへらとふざけた顔をして道糸にぶら下がっている。海面から、へらへらとふざけた表情で戻ってくるこやつが、なんとも腹立つこと、腹立つこと。
おまえ、まさか海底でもそんなふざけた顔をして揺れているのか。
ほんまに仕事してんのか、こいつ。
面と向かって不満をぶちまけるも、ゆらゆらタコくんは相も変わらずへらへらしてる。
ふざけやがって。
だんだんこのユラタコ野郎を扱う手がぞんざいとなり、口ずさむあみんの曲にも飽きてくる。
生ぬるい景色はだんだんと暗くなり、対岸の倉庫群に灯がともり始め、やがて夜闇にひときわ目立つ真っ赤な看板。
フジッコと書かれた看板だ。
タコはいまだに私を相手にしてくれない。
残念だ。
こんなときルパンには素敵な相棒フジ子ちゃんがいるのにさ。
なのに、俺の相棒は闇夜に浮かぶフジッコかよ。
たこにも相手にされないタコ人生。
早く帰って、お豆さんをいただけってか。
ふん。なんだよ、なんだよ。
ふてくされていると、少し離れた三人組が動き出した。
アジだろうか、次々と釣果を出している。
羨ましいな。タコにこだわった俺がバカなのかな。
私もサビキに変えるときがそろそろ近づいてきているのかもしれないな。
そんな弱音を心の中で呟いていると、ふとこれは…、と思った。
そっか。
これは試練なのかもしれない。
えっ。
も、もしかして。
やっぱりこれは試練なのか…。
だって考えてもみればいい。
暗闇の中、波打つ音を聞きながら、竿はピクリとも動かない。
それなのに周りはつれ始めている。
これは何かの予兆なのだ。
だいたい物語はこういうときに始まる。
そう。
何かが始まるとき、それは周囲から始まるのだ。
自分だけが周りから浮き、居場所がない思いを抱き始めたそのとき、劇的な始まりがすうっと忍び寄るように訪れる。
もしかして、あの海底で揺れるへらへら顔のゆらゆらタコくんの前には、とんでもない巨大なタコが待ち構えているのかもしれない。
まさかかたずをのんで襲いかかろうとしているかも。
妄想は膨らむ。
もしそれが、海面からどわっとゴジラのごとく顔を出したら。
その始まりが、この竿から始まるのだとしたら。
それがもしかして、今の私に課せられた任務だとしたら。
どうやって私は戦うのだ。
まだ始めたばかりの必殺拳法、成龍拳は完成していない。
残念だが、腰痛が治ったくらいの成果しか出していないのだ。
そんな私に地球を襲う巨大タコと戦えるのか。
この日本を巨大タコから救えるのか。
今、日本は重大な危機にある。
コロナでほぼ死に体と化した今の政権では、きっとこれ以上の有事の対応は無理だろう。
では与党ではなく第一野党が…。
いや、あの方々は、いくら合併を試みても、都合悪くなれば、またすぐに、さっさと離散してしまうだろう。
となると、誰が戦うのだ。
そう。私たち一人ひとりが立ち上がるしかない。
この地球のために。この日本のために。
あいすべき者たちのために。
ということで、当院では「ブルース・リー養成所」を別室にて立ち上げることといたしました。
私と一緒に巨大タコに立ち向かいたい方はどうかご一報ください。
ただし、その際、「あなたのようなブルース・リーにあこがれるものです」と受付にお伝えしようものなら、受付のものが「はあん?」とした顔をして、やんわりとお引き取り願うことでしょう。
つらい思いをされたら大変申し訳ございません。
でも、それも精神の鍛練だとお思いいただければ幸いです。
以上、お盆休みのため、適当なことを書いてしのぎました。
大変なご無礼、まことに申し訳ございません。
都合上、やむなかったのだとご理解いただければ僥倖の至りです。
2020年08月15日 20:12