あのぉー、緊急なんですけど診てもらえますかっ!
「えっ、緊急?」緊迫した声が微かに受話器から漏れてきた。
看護師のツンドラが「どうされましたか?」と受話器に向かって聞いている。
思わず時計を見た。
すでに18時55分。
もう営業終了間際だ。
これからとなると今日は残業確定か……。
ツンドラには申し訳ないが、でも致し方ないか…。
そんなことを思いながら、電話応対に耳を傾けていた。
「猫ちゃん?」
「◯*#%……」
「ええ、そうですか。おしっこがまったく出てないんですね?」
「◯△×◻︎……」
「そ、そんなに頻繁にトイレに行ってるんですか!」
「◯△×◻︎……」
「2、3日前からまったく出てない……」
「◯*#%……」
「えっ。今はぐったりしてる……」
ツンドラが受話器に耳を当てたまま、こちらをちらりと見た。
そりゃ、尿道閉塞なら放置できんわな。
ほんまは早く帰りたいが、こりゃ仕方ない。
戸惑いながらも、ツンドラの、こちらを問う目に頷き返した。
彼女は薬棚に目線を戻し、受話器に向かってまた話し出す。
「では、急いで来てください」
「◯*#%……」
「今からどれくらいで来られそうですか?」
「◯*#%……」
「急いだら、たぶん車で10分くらい……………」
こちらにも伝わるように彼女が復唱してくれる。
だが、だんだんと会話の様子がおかしくなった。
「あの、どの辺りって? 当院に来るのは初めてってことですね?」
「+◻︎*……」
「えぇっとですね、簡単に言うとヤマダ電気の近くで……」
ツンドラが病院の場所を説明しだす。
どうやら初患の方らしい。
「ええっと、ですからヤマダ電機の近くです。その信号の手前を…」
「○○…」
「どこって? だからヤマダ電機です」
「○○…」
「知らない? ええっと、イナロク沿いにあるヤマダ電機ですが………」
ツンドラが困ったように言葉を詰まらせている。
「ええっとですね……………では、庄内駅はわかりますか」
「○○○○…」
「ええっと、だから、そのですね、山形ではなくて、豊中市の庄内で…………」
ツンドラの横顔から戸惑っているのがわかるが、それでも会話は続く。
「○○○○…」
「あの、豊中市って、どこって言われましても……だからあの、池田市と大阪市の間にある豊中市です」
「◯*#%……」
「だから、あの、ええっと、あの、住所言いますね。ナビで検索してください。大阪府豊中市庄内……………」
と言って、声がぷつんと途切れた。
しばらくして、ツンドラがこちらを見ながら話し出す。
「あの、すみません。もっとお近くの動物病院にあたられた方が良いと思います」
ツンドラが受話器を置き、けらけら笑い出した。
こちらを見て、にやにやしてる。
「どないした?」
「うふふ」
「なんや、その笑いは…」
「間違い電話でした」
「間違い?」
「はい。どうやら千葉の同名の動物病院に電話をかけたつもりだったそうです」
「どないこと?」
「ゆりの木で検索したら、うちが出たんじゃないですか。インターネットだと、ボタン押したら勝手につなげてくれるじゃないですか」
「……」
ふうっ———。
助かった。
下手したら明日の朝まで、いつ来るかわからぬ患者をいまかいまかと来院するのをひたすら待ちわびねばならぬとこ。
危ないとこやったでぇ。
で、みなさまにもお願いです。
体調が悪くなって慌てるのはよーくわかります。
ですが、間違っても、千葉県のゆりの木動物病院様には電話をかけないでください。
受け取る側には、ちょっとしたホラーです。
大変な混乱を招きます。くれぐれもご注意のほどを。
うふふ。
2026年05月26日 16:49