ゆりの木動物病院|阪急庄内駅すぐ近く|大阪府豊中市

阪急宝塚線・庄内駅3分、犬・猫を診る動物病院です。

お前、いま何処におんねん……

夜中の二時。
突然、枕元で ”LINE!” と鳴った。
あの、ひどくおちゃらけた声が。

こんな時間に誰やろ。
「……緊急か?」
眠気で朦朧としながらふと思った。

飼い主さんか。
いや、それとも実家の親か。

眠たいが体を起こす。
枕元に置かれたスマホを手に取り、
サイドボタンを押した。
画面に通知バナーがふわりと浮かぶ。
息子だった。

刹那、動悸がしだした。
息子は普段滅多に連絡してこない。
夏休みに入っているのに帰省さえしない子だ。
そういうタイプの若者だからこそ
夜半の突然の連絡がことさら不穏なものに思えた。
なにかあったのか。
どきまぎして、
急いでLINEを開いた。

その途端、動画が眼前にあらわれる。
それを見て、思わず凝然となった。
なんや、これ……。
否応にも目は画面に釘付けになる。

砂漠だ。
それも広大だ。
空はかすかな夕日が差し、一面赤茶けた砂だらけの大地を照らしている。
真正面にはラクダの後頭部が映り、
歩くたびにのっそのっそと揺れた。
引率の男は頭にターバンを巻き、真っ白な民族衣装を着ている。
ラクダのロープを引き、砂道を歩いてる。

カメラはかすかに揺れ、
ゆっくりと左側へ移動していった。
それにしても広大な砂漠だ
はるか遠くまで砂地の光景が広がっている。
明らかに鳥取砂丘の比じゃない
幾重にも連なる馬の背のような砂山の斜面には
たくさんのラクダの作る陰影が黒く長く映っていた。
眠い目を擦り、さらに目を凝らすと
ラクダの上でスマホを砂山にかざす黒い人姿がかすかに見えた。
ラクダの上から撮影している?
カメラはさらにゆっくりと流れていく。
驚いたことに後方には
人や荷物を載せたラクダの群れが延々と
きれいに並んで、さらに砂山の向こうへと続いていた。
何十頭もいる。
まさにキャラバンそのものだ。
まさか、あいつ……。

「いま、どこ?」
慌ててLINEを打った。
しばらくして、また ”LINE!”と
おちゃらけた声でスマホがしゃべりかけてくる。

「サハラ」
それだけ。
そんな短い返事だけ。

お前……。
海外におったんか。
どうりで夏休みだというのに帰省せんはずだ。

それにしても、よりにもよってサハラとは……。
行くなら行くで、連絡くらいしていけよ。
びっくりするやないか。

衝撃というか、驚きというか。
一気に眠気が飛び去り、
ただ呆然と、
勝手に何度もリピートされる動画を凝然と眺めていた。
真っ暗な部屋の中、布団の上で呆けたように。

でもまあ……。
ものは考えようか。
案外、サハラ砂漠くんだりでよかったのかもしれない。

だって、これがミャンマー国境の監禁施設だったり、
シアヌークビルの高級ホテルやマニラの刑務所だったら
それこそ一大事だ。
砂漠なら灼熱の日差しに干涸びることはあっても 
危ないやつに監禁されることはなかろう。
日本に向けて電話をかけまくる役回りもしなくて済む。
それになにかあってもラクダに乗って逃げればいいさ。
インディージョーンズさながら
砂地を蹴って蹴って蹴りまくってさ。
そんなあり得ない空想をしていたら
なんだか楽しげに思えてきた。

初めて乗るラクダの上。
初めて見る一面砂だらけの光景。
人生の、たったほんの一瞬を
にこにこしながらエンジョイしている息子の姿が目に浮かぶ。
きっと誰かにその感慨を伝えたくて
あいつは動画を送ってきたのだろう。

なるほど。
大学生にしたら、
なかなか面白い夏休みの過ごし方じゃないか。
真っ暗な部屋の中、スマホと対峙して布団の上にあぐらをかき、
いつの間にか、ひとりごつ、そう納得していた。

動画は保存した。
仕事の合間、今もときどきあのキャラバン動画を眺めている。
いつか、自分もサハラで星空を眺めてみたい。
よし、いっちょ引退したらいこかな……。
私はいま、ひそかにそう企んでいる。

 
2026年10月30日 08:48

ゆりの木動物病院

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