ゆりの木動物病院|阪急庄内駅すぐ近く|大阪府豊中市

阪急宝塚線・庄内駅3分、犬・猫・ウサギを診る動物病院です。

お目よごしですが・・・。

OHPも焼却炉もないの……?

この前、うちのアホ息子が突然、
「父さん、昔の学校のプールって肩までつかる消毒槽があったって本当?」
と尋ねてきた。えーっ。こちらのが驚きだ。
「ほんとに今はないのか?」
「そんなんないわ」
へえ、そうなの。
こちらは高校まで消毒槽に浸かってからプールに入った覚えがあるから今も当然あるものだと思っていた。
そんな学生時代の思い出を一通り息子に話す。
「ふう~ん。じゃあさ、他に昔の学校にあったもので今はもうないもん知ってる?」
どうやら友達の家庭で、そういう話題があり、盛り上がったそうだ。
その失われた備品や装備などにひとつに、OHPがあるらしい。
「えっ。OHPも今はないん?」
「ないわ。名前だけはなんとなく聞いた覚えはあるけど…。使い方はよう知らん」
そりゃそうだ。今じゃ、作成した資料がプロジェクターで映し出される時代だ。
一枚一枚シートを変える、あんなめんどくさい投射器など、よほど古い資料を使わない限り、今の時代はもう使わないだろう。
他には他には…。
えっ、焼却炉も。
「そうやで。いまはダイオキシンの影響でないんや」
うそやろ。
衝撃的だ。
あの焼却炉がねえ…。
小学時代、焼却炉にはかなりお世話になった。
だって、テストが返されるたびに、放課後、友達と燃やしに行ったからな。
懐かしい思い出が脳裏に徐々によみがえる。
そういえばアワちゃんどうしてるんやろ。
あいつ、通知表まで燃やそうとしやがって。
それを見ていた私が慌てて顔を突っ込んだ。
運よく燃えずに助かってはいたものの、くすぶった焼却炉の底には、無数に捨てられた牛乳瓶の紙蓋たちと一緒に通知表が…。
まっくろくろすけの煤だらけだった。
「アホっ!親に怒られぞ」
「アホっ!親に見せる方が怒られるわっ!!」
あいつ、ほんま顔ひきつってたからなあ。
今頃どうしているんやろうか。
まっとうな大人になっていてくれたら、友としてうれしい限りだ。

で、アルコールランプも分銅もいまはないそうだ。
黒板やチョークは現在の高校でまだ使用しているそうだが、「たぶんもうなくなるんちゃうの?」と息子。
そりゃ、そうだろう。
そんな他愛ない話を息子としながら、新しい現実を一つ一つ知るたびに年老いていく気がした。
やっぱり時代は本当に変わってきているのだなあ。
かといって便利になっても、今の自分は新しいものを使いこなすことをしないし、そんな気もない。
なんだか、新しいものを取り入れること自体、億劫になりつつある。
これ以上は、昔のままでいいよ、と投げやりな気分で…。
そして気づくと若いスタッフからも取り残されているような気がして…。
それくらい現代の進歩は早い。
後、五十年や百年もしたら、どうなっているのだろう。
どう考えても、後世はすっかり変わり果てているに違いない。
江戸時代の人が今の時代をみたら、ひっくり返るくらい驚くだろうけど、案外自分もそんな風になるだろうか。
携帯はどうなっているのだろう。プロジェクターは宙に映像を映し出しているのだろうか。
外出する必要はだいぶ減るだろうし、車は空を飛んでいるかもしれない。
ペットだってロボットに替わっているかもしれない。
そうなったら獣医はエンジンニアにとって代わられるだろう。
新幹線なんてあるのだろうか。もはや人は瞬間移動しているかもしれない。
交番にお巡りさんはいるのだろうか。警官ロボットが町中を蠢いているかもしれない。
いや、いや。
そのとき人類はいるのだろうか。
人類があらゆる動物を押しのけてきたように、ロボットやAIが人間の地位を押しのけているのではあるまいか。
だとしたら、そのとき、人類は絶滅危機に瀕しているかも。
気づけばレッドリスト記載の筆頭生物となっているなんて。
まあ、そうなっていても仕方あるまい。
人類は、他の生物やこの地球環境に対して極悪非道なふるまいを相当働いてきたからな。
他の生き物が絶対にしなかった悪道な三昧を。
かの大岡越前でさえ裁ききれないほどに…。
気づけば築き上げた高度な文明が、己の首をぎゅうぎゅうに絞めつける縄となる。
現実はそうならぬよう願いたい。
が、そんな風になっていてもけっしておかしくはない幾多の過去が目の前に山積みになっているように見えるのは気のせいだろうか…。

 
2020年08月26日 20:03

もし仮に、私が巨大タコを釣り上げてしまったら

タコ釣りについて書いた後、ある飼主さんから「先生、バックラッシュしたんだって?」と聞かれました。
【バックラッシュってなんだ? フランダースのパトラッシュなら知っているが…】
内心戸惑っていると、どうやらバックラッシュとはリールが絡まることを意味するそうで、タコ釣り用リールはタイコリールと呼ぶことを初めてその時教わりました。
「先生、タコ釣りはぜったい投げちゃだめやで」
ありがとうございます。もう投げません。
いままでの人生のような、安易に物事を放り投げたりするようなことは絶対にいたしません。
たぶん。

また、ありがたきことはこれだけではありませんでした。
ほかの飼主さまからはせっかくタコ釣りに行ったのに釣果がほんまのほんまのタコだったことに憐れみを感じてくれたようです。
「先生、釣れなかったんだって」
「はい」
「いま、淡路島へ遊びに行った帰りなの。で、本場淡路のたこせんべいの里でせんべいを買ってきてあげたから元気出し」
とばかりにタコせんべいのアソートをいただきました。
お気遣いありがとうございます。
そうですねん。あれから三度釣りに行きましたわ。
で、いまだタコです。一匹たりとて釣っていません。
そのことをタコせんべいをいただいた代わりに伝えると、
「えっ。うそでしょ。夏は結構釣れるって聞きますけど」
「でも釣れなくて」
「えっ。うそでしょ」
と再度、驚きと憐れみの目でじっと見つめられました。
なんで、あなたまでそんな目で私を見るのですか……。
スタッフだけで十分なのに…。

そんなことが幾度かあり、私の心に火がめらめらとともったのは言うまでもありません。
お盆休みです。帰省なんてできやしません。
だって故郷NYまで帰省したらトランプさんにまでしかられそうです。
ということで今年はほんまの宙ぶらりんの夏休みがやってきてしまいました。
とはいっても、今や誰も私を遊んでくれません。すでに息子は父と一緒にいるのを嫌がる歳となりました。
妻なんて何十年も前から相手にしてくれません。
スタッフだって今やそうです。
ならば…。
俺が相手にするのはタコしかない。
たぶん、これからの人生、私はタコを相手に生きていくしかないのだ。
そんな思いで、明石から我が阪神の甲子園浜へと舞台を移し、今回も行ってきました。
あらかじめいろいろと考えた上での再挑戦です。
何事も反省点を生かしていかなければ上達はありません。
釣り糸の結び方も覚えました。外科結びという暴挙はあれ以降しておりません。
ふざけた名前の、ゆらゆらタコくんも新たな色彩を調達しました。
きっとピンクのタコくんだけでは海面下のほんまもののタコの心は掴めないのです。
だから、黄色や青のゆらゆらタコくんも用意しました。
こいつら名前だけでなく、本当にふざけた顔をしています。
ほんまこんなやつらで釣れるんやろうか。
ま、後は時間帯か。
朝早くから言っても、釣れなかったから今回はやめよう。
夕方から狙ってみよう。
よし。決まった。

で、夕方四時すぎ。そろそろご先祖さまたちがナスビの馬にまたがって、里帰りされる頃。
暑さが残る甲子園浜の堤防にはそれほどの人はいません。
これはありがたきことかな。だって近くに人がいると、また何かあったときに笑われる。
そう思い、さらにはできるだけ隣の釣り人と距離をとって場所を陣取りました。
視線をあげると鳴尾浜。
対岸には工場や倉庫の群れが並ぶ。
目の前の海では、ヨットで優雅に遊ぶ人たちが…。
さあ、ゆらゆらタコくん。
いよいよ、君の出番だ。
気を付けて、いってらっしゃい。
グッバイ。
そしてグッジョブ。
お別れの投げキスをし、ふざけた顔をしたタコくんを波打つ水面へするすると落とす。
後は、なるようになりなされ。
待つだけよ。
そう、私、待つわ。
待つわ~待つわ~、いつまでも待つわ~
と、誰も近くにいないことをいいことに、昔の歌を大声で口ずさみながら、本当に待つこと三時間。
少しも釣り竿に反応なし。
時たま、ゆらゆらタコくんがどうなったのか不安になり、リールを巻いてみるも、ゆらゆらタコくんは文字通りゆらゆらとしたまま、へらへらとふざけた顔をして道糸にぶら下がっている。海面から、へらへらとふざけた表情で戻ってくるこやつが、なんとも腹立つこと、腹立つこと。
おまえ、まさか海底でもそんなふざけた顔をして揺れているのか。
ほんまに仕事してんのか、こいつ。
面と向かって不満をぶちまけるも、ゆらゆらタコくんは相も変わらずへらへらしてる。
ふざけやがって。
だんだんこのユラタコ野郎を扱う手がぞんざいとなり、口ずさむあみんの曲にも飽きてくる。
生ぬるい景色はだんだんと暗くなり、対岸の倉庫群に灯がともり始め、やがて夜闇にひときわ目立つ真っ赤な看板。
フジッコと書かれた看板だ。
タコはいまだに私を相手にしてくれない。
残念だ。
こんなときルパンには素敵な相棒フジ子ちゃんがいるのにさ。
なのに、俺の相棒は闇夜に浮かぶフジッコかよ。
たこにも相手にされないタコ人生。
早く帰って、お豆さんをいただけってか。
ふん。なんだよ、なんだよ。
ふてくされていると、少し離れた三人組が動き出した。
アジだろうか、次々と釣果を出している。
羨ましいな。タコにこだわった俺がバカなのかな。
私もサビキに変えるときがそろそろ近づいてきているのかもしれないな。
そんな弱音を心の中で呟いていると、ふとこれは…、と思った。
そっか。
これは試練なのかもしれない。
えっ。
も、もしかして。
やっぱりこれは試練なのか…。

だって考えてもみればいい。
暗闇の中、波打つ音を聞きながら、竿はピクリとも動かない。
それなのに周りはつれ始めている。
これは何かの予兆なのだ。
だいたい物語はこういうときに始まる。
そう。
何かが始まるとき、それは周囲から始まるのだ。
自分だけが周りから浮き、居場所がない思いを抱き始めたそのとき、劇的な始まりがすうっと忍び寄るように訪れる。
もしかして、あの海底で揺れるへらへら顔のゆらゆらタコくんの前には、とんでもない巨大なタコが待ち構えているのかもしれない。
まさかかたずをのんで襲いかかろうとしているかも。
妄想は膨らむ。
もしそれが、海面からどわっとゴジラのごとく顔を出したら。
その始まりが、この竿から始まるのだとしたら。
それがもしかして、今の私に課せられた任務だとしたら。
どうやって私は戦うのだ。
まだ始めたばかりの必殺拳法、成龍拳は完成していない。
残念だが、腰痛が治ったくらいの成果しか出していないのだ。
そんな私に地球を襲う巨大タコと戦えるのか。
この日本を巨大タコから救えるのか。
今、日本は重大な危機にある。
コロナでほぼ死に体と化した今の政権では、きっとこれ以上の有事の対応は無理だろう。
では与党ではなく第一野党が…。
いや、あの方々は、いくら合併を試みても、都合悪くなれば、またすぐに、さっさと離散してしまうだろう。
となると、誰が戦うのだ。
そう。私たち一人ひとりが立ち上がるしかない。
この地球のために。この日本のために。
あいすべき者たちのために。

ということで、当院では「ブルース・リー養成所」を別室にて立ち上げることといたしました。
私と一緒に巨大タコに立ち向かいたい方はどうかご一報ください。
ただし、その際、「あなたのようなブルース・リーにあこがれるものです」と受付にお伝えしようものなら、受付のものが「はあん?」とした顔をして、やんわりとお引き取り願うことでしょう。
つらい思いをされたら大変申し訳ございません。
でも、それも精神の鍛練だとお思いいただければ幸いです。

以上、お盆休みのため、適当なことを書いてしのぎました。
大変なご無礼、まことに申し訳ございません。
都合上、やむなかったのだとご理解いただければ僥倖の至りです。

 
2020年08月15日 20:12

いざ、そのとき私は…

先日のこと。
狂犬病の登録代行で保健所に行った。
事務手続きをしてもらっている間、暇なため、保健所のロビーを歩き回っていた。
片隅にパンフレットなどが置かれているコーナー。
ちょうどいい。何か面白い情報誌でもないか。
まずは服部緑地のお花などを紹介したパンフレット。
一通りそのパンフに目を通したあと、すぐそばにあった待兼山PRESSという小冊子に目がいった。
待兼山って?
時たま聞くけど、なんだったっけ?
見ると大阪大学豊中キャンパスにある小山らしい。
大学が発行する冊子だった。
裏面には豊中キャンパスの広大な地図が描かれている。
へえ。こんなに大阪大学って広いんだ。
そういえば、高校時代の同級生が理学部に通っていたな。
あいつこんな広い大学で勉強していたのか。
うらやましいなあ。
と思いながら、ページをめくっていると、総合学術博物館の第22回企画展という記事が目に入った。
なになになに?
【四國五郎展~シベリアからヒロシマへ~】
四國五郎って誰だろう……。
寡聞にして知らなかった。
どうやらヒロシマを拠点にした画家で詩人であった方らしい。
展示会にも行っていないため、四國五郎さんの業績に関し、記事で書かれていることくらいしかいまだにわからないけれども、そこに書かれている言葉に不意に心をえぐられた。
「戦争を起こす人間に、本気で怒れ」
なんだ、なんだ。
目の前が突然、ぱっと光った気がした。
「ほんの一握りの政治家が起こす戦争で、桁外れの人が不幸になる。戦争を起こす本当に悪い奴に対しておまえは怒れ」
読めば、当時小学生だった息子さんに伝えた言葉だとのこと。

数日前、NHKのクロ現を見ていた。
近年、地方の戦争資料館の閉鎖が相次ぎ、当時の資料の置き場がなくなりかけているとのこと。
さらには行き場のなくなった資料が破棄されている現状が映しだされていた。
それどころかインターネットに流れた軍服が若者に売買され、サバイバルゲームをする際の衣装として再利用されている光景も。
体験者が語る。
戦争の悲惨さが今の若者には伝わっていないのか。
そんなコメントが聞こえてきた気がするが、あまり覚えていない。
それほど衝撃的な光景だった。
だって遠い昔、戦火の中、命からがらにまとっていた服だ。
そこらのセカンドストリートで安価に購入できる古着じゃない。
軍服には、戦地の泥がにじみ、流された血や涙が染みついているかもしれない。
そんなぼろぼろの戦着が、いまやどうでもいいサバゲーに転用されている。
「僕たちにとっては、ただの服ですよ~」
若者がお気軽に答える。
そっか。
やっぱり人の思いとは永遠に伝承されていくものではないのか。
でも……。
戦争はぜったい遊びではないとは思う。美化することもできないと思う。いざとなったらとても笑ってなんかいられないと思う。
アホな私でもわかる。
でも、なんだかへらへらしている。
ゲームをしている若者も。
それを眺める自分も。

最近、無念に命を落とされた夫を思い、ある夫人が本気で怒って立ち上がった。
ものすごい勇気がいることだと思う。
相手が国家だから。
それも都合の良いように幾多の改ざんを繰り返してきた政権だ。
好奇の目にさらされて……私にはとてもまねできない。
でも、あの女性は本気で怒っている。真実を本当に知りたがっている。

翻って、お前はどうよ?
いざ、というとき、私はあの寡婦のように本気で立ち上がれるのか。
四國五郎さんが伝えたように、平気でひどいことをしでかす一握りの政治家に対して、今の私は本気で怒れるのか。
だいぶ前、勇気と元気は使わないとどんどん失われていく、と何かに書いてあるのを読んだ。
そういう心の気が勇気と元気なんだよ、と。
日々使っていないと、削がれて、錆びついていく心の気。
それが勇気と元気。
なんとなくわかる気がする。
踏み出さなければ勇気はでない。
ちゃんと声を出し、心から人を包み込む笑顔でいなければ、元気だってでない。
萎縮ばかりしていたら……きっと立ち上がることもままならない。

削がれていまいか。
錆びれていまいか。
ひとたび世界を見渡せば、微小ウイルスに翻弄される中、国家に抑圧される人々がいて、それを大国同士で批判しあい、報復合戦に興じている。過剰な通信網の発達下では小さな個人がどんどん丸裸にされ、そして足元では自分たちの都合が良いように残された資料やリストが黒く塗りつぶされていく。
うそだろ。
戦時中であるまいに。

だが、そうでもなさそうだ。
時折、庄内を歩いていて、はたと思う。
対岸の騒動はそれほど遠いものではないことに。
なぜなら、この地には、現代の負遺産が取り残されている。
瑞穂の國とうたわれた、開校さえされなかった疑惑の小学校がぽつねんと今もとり残されている。
その現代遺跡の近くを通り過ぎるたび、なんとも言えない気持ちが湧き上がる。
草むし、朽ち始めた国有地の下に埋まっているものは、もはや、取りざたされた大量のごみや産業廃棄物だけではきっとあるまい。
口にするのも憚れるような、薄気味悪い、得体の知らない黒々とした何かが確かにそこに横たわっている。
そして今日もまた。
誰もが見て見ぬふりをして、あの前を通り過ぎる。

現代というカオスを眺めていると、やっぱり勇気と元気は日々養っていかないといけないようだ。
さあ、今年もまた暑い夏がやってきた。
無数の蝉声が澄みきった青空にひびき渡る。
あの喧しい鳴き声は、短き命の儚さを教え知らせるものか。
八月。
忘れてはいけない月がやってきた。
あれは終わったこととして忘れてはいけないはず。
だって終わりは次の始まりだ。
本当に大量の火の粉が舞い始まってからではもう遅い。
権力を、我が物顔で握りしめた一部の人間に、もっともっと恐ろしい歴史がまた築かれてしまう。
そしてそのとき。
私たちは、圧倒的な武力を前に、虐げられ、悲しいほどの無力さに気づくのだろう。
茫然自失の体になったときにはもう遅い。

再度、問う。
おまえはどうだ?
本気で怒れるのか。
いやいや。
諦念し、片隅に隠れて幼児のようにわんわん泣きわめくのか。
いかんぞ。
いかんぞ。
そうなる前に、この平和ぼけをした両目を少しでも覚ましておこう……。
だって、さもなければということが、この世にはあるから。

 
2020年08月05日 22:35

ヒロシじゃなくてジョウシです。

ヒロシじゃありません。
ジョウシです。
先日のことです。
忙しかったため、「大丈夫? 疲れていない?」とスタッフに声をかけてみました。
ありがたいことに、「はい。全然大丈夫ですよ」と温暖さんがこたえてくれました。
念のためです。
「ほんとにほんと?」と再度二人に確認してみました。
二人は頷いてくれます。
「大丈夫ですよ。安心してください」
「だって私たち、ストレスがたまったら、先生のお腹をサンドバック替わりにしますから」
再び頷きながら、温暖さんが私の目の前でシャドーボクシングをしはじめました。
私、聞かなければよかったとです。

ジョウシです。
これまた最近のことです。
「俺さ、太極拳を始めてから、腰が痛い日が少なくなってきたんだよね」
と話したら、ツンドラさんに真顔で「えっ。あんなヘンな拳法で効果があるんですか」
と言われました。
そ、そうですかぁ。
やっぱりですか。
あなたの目にはそんな風に映っていたかとですか。

ジョウシです。
こいつはだいぶ前のことです。
床でつまづいて転びかけたとき、心配したツンドラさんが慌てて声をかけてくれました。
「おじいちゃん、大丈夫?」
そうですかぁ~。
やっぱりあなたの目には、私は、変な拳法使いの、悪く言えば、少し気が触れたお年寄りにしか映らなかとですね…。

ジョウシです。
この前、自分の丸いお腹を分服茶釜の狸のように一人悦に入って叩いていたら、「何も出てこないドラエモンのお腹」と横からスタッフに言われました。
とほほのほですばい。
本当に申し訳ございませんね。
私だって何か出せるものなら出してみたかとです。

以上、ジョウシです。じょうしです。上司です。一応、たぶん上司です。
そんな私が、最近、ソロキャンプに無性に行きたくなってきたのは、やっぱり気のせいではないと思います。
私、哀愁を帯びたあのヒロシさんの気持ちがなんとなく分からなくもなかとですから。
 
2020年08月01日 19:10

な、なんと。ボーアがボワッと火を噴いたぁ!!

先日まで毎朝、職場で、
「ボーア、マルテ打てんサンズ」
「ボーア、ぼあぼあしてんじゃないよ」
と負けるたびに助っ人三人衆について嘆いていたら、なんと昨日はそんなボーアが奇跡の満塁弾。
今宵もボヤ程度の火しか噴かないかと思っていたが。
当たれば飛ぶじゃないか。
もしかしたら、ようやく私のタコ釣りの怨念があなたのもとに届いてくれたのかい。
こんなことなら、もっと早くクロネコヤマト宅急便で届けておけばよかったよ。
まあ、とにかく良かった。良かった。
まあ、当たればだけどな。
と毎日文句ばっか言っている。
でも、いちおうは応援してるんよ。
と思いつつも、いつまで続くのかなあ・・・。
頼むよ、ほんまにボーア。
それにしても大阪はいまいち盛り上がらんのぉ。
阪神だけのせいやろうか?
いろんなスポーツの在阪チームも多く、さらにはファンも熱狂的なのにどこも成績はパッとせん。
先日は深夜のサッカー。
大好きなサッカー。
おまけに大阪ダービーや~ん。ちょ~楽しみ~。
頑張れ、セレッソ。打て、ガンバ。
あれれ。
いまいち盛り上がらん。
う~ん。
ダービーちゅうても迫力に欠けるなあ。
無観客やからか。
いやいや。がつがつとした激しさがありゃせんぞ。
テクニックはうまいけどな。
なんかなあ。それじゃあかんやろ。
そのボール、奪えよ。激しく追えよ。もっとがんがん走ってくれよ。
こちらはプレミアやリーガみたいな激しい球際の攻防がみたいんや。
Jリーグのすごいところをみせてくれ。
いやいや。あれまあ。もう前半終了?
これ、選手のせいだけちゃうんちゃう。
録画放送やしな。おまけにシュート場面ばかりの編集やんか。
なんや、またCM。コマーシャルばっかやんけ。
どうせならタケモトピアノをやってくれ。
あれ、何度みてもおもろいからな。
金鳥でもええで。
おっ、始まった。
おいおいおい。
へいへい。走れよ。ほんまに。なんか拍子抜けやな。
こっちは打ち合い見たいんや。ええ~、なんなんこれ。
もう終了? 結局2対1か。
しょぼいなぁ。どうせなら15対10くらいのおもろい打ち合いしてくりゃええのに。
ダービーだろ、ダービー。天下の大阪ダービーやんけ。
こんなん大阪ダービーちゃうで。ただの大阪漫談や。
頼むで、ほんまに。
また勝手なことばかり。
ぶつぶつ文句ばかり言いながら、それでも私はいつも在阪チームを応援している。
こんな、グダグダのおっさんの気持ち。
どうか天まで届いてほしい。
でも今日も雨。
あ~あ。
なんやねん。
今度はどしゃぶりやん。
あんたなあ、天に届く前に、これ以上、おっさんの思いを洗い流さんといて。
ボーア、ほんま次も頼むでぇ。
頼むで、ほんまに!!

 
2020年07月06日 14:45

今日の釣果はほんとに、ほんとのタコ

打たず、打てず、打たれて、また打てず。
阪神はまた負け。
矢野監督の顔が今日も青ざめている。
だいたい、助っ人、助っ人と騒ぐのもいいけどさ。でもなあ~。
バースの亡霊をいまだ追い続けて、はやどれほどの月日が過ぎているのだろう。
掛布さんや、岡田さんがもう一度復帰してくれればいいのに。
仙さんが生き返って、また監督してくれたらなあ。
早くヤクルトの村上選手のようなすごい若者が出てこないかなあ。
履正社出身の井上くんはまだ二軍なのかなあ。
早く出てきて、岡本やギータのようにバンバン打球をスタンドの遠く向こうまで飛ばしてくれないだろうか。
そんなもやもやした梅雨の時期。
気持ちはよ~くわかります。
私もその一人です。
勝って雄たけびをあげることもままならず、かといって愛するサッカーも試合がなく、趣味という趣味もないまま、日々仕事で生きている。
少し、すかっと気分を発散したいなあ。
そう思い、先日、スポーツの代わりに小さい阪神さんのビックフィッシングを見ていた。
へえ、釣りってそうやってやるんだ。
釣ってみたいなあ。
エギングってイカ釣りのことなんだ。
タコっておもろそう。
そう思った瞬間、なるへそ。
タコか。
これなら私にでもできるかも。稲妻に打たれたようにそう思った。
おまけにタコならつれなくてもタコじゃないか。
へへ。今日はタコでした。
そう笑って帰ることができるじゃないか。
よし、タコ釣りに挑戦だ。
今度はタコ釣り名人だ。
さっそくの翌日、スタッフにタコ釣り挑戦への意気込みを語る。
「私、タコ釣りを始めようと思う」
「ああ、そうですか。今度はタコですか」
調剤をしながら、二人はまったく興味のなさそうな生返事。
タコにはタコ返事でいいってか。
こいつら、私がまたアホなことを言い出したと思っているに違いない。
ふん。いいよ、いいよ。
家に帰って子供に話そう。
でもこいつもだ。
「はいはい。どうぞご勝手に。お好きにどうぞ。頑張って」とまったく相手にしてくれない。
なんだ、その冷たい態度は。
頭にきて、翌日スタッフにもう一度に言う。
「大量につってきたら、分けてあげようか」
「はいはい。頼みます」
「夕食の食材は何も買わなくていいよ。大量のタコがあるから。なんなら二人の家の近くまで持っててもいいけど」
「は~い。楽しみにしてま~すよ~」
「いいの。そんないいかたして。予定ではクーラーいっぱいに釣ってくるはずだけど」
「へえ。そうですか」
「そうだ。食べきれなかったら、凧上げ用に大空に飛ばしてくれてもいいし、なんなら車にタコメーターとして搭載してもいいと思うよ。夏場すぐ腐ると思うけどさ、だはは」
スタッフたちは笑わない。
それどころか「そうですか。はいはい。それはそれは。期待していますよ」とまったくつれない。
ほんとにどいつもこいつも。
なんだ、なんだ。ふん。
頭に来ながら、釣り具屋にタコ用の竿と仕掛けを見に行く。
「初心者です。タコ釣りをしたいと思います。何を選べばいいですか」
「タコ? 初めてじゃ、つれないと思いますよ」
「じゃあ、初心者向けの釣りは?」
「サビキかな」
「生臭いエサを触りたくないので、ルアー系がいいです」
「そんなんむりむり。つれないですよ。初心者じゃ」
こちらもにべもない。
いいよ。いいよ。ただ挑戦したいだけだから。タコでいいよ。タコにするよ。
タコがタコ釣って何が悪い、このたぁーこ。ふん、これ以上、バカにすんなって。
「じゃ、タコでいいですね。船ですか波止場ですか」
「波止場。私は船酔いするタイプ。好きなタイプは松下奈緒」
「あっ、そうですか。じゃ、竿と仕掛けはこれとこれで。一番安いやつにしときますね。じゃ、頑張ってたくさん釣ってきてください」
「えっ。釣れるんですか、素人でも」
「まずまず、無理です」
ふん。どいつもこいつも。釣りだけにつれない対応しやがって。
あれ、うまいダジャレじゃないか。おもろいからよしよしよ。ハハハ。
そして、高ぶる感情を抑えながら、本日タコ釣りに行ってまいりました。
タコと言えば、明石。そうそうタコは明石じゃなきゃ。おんぼろ車で江井島まで行き、さっそく釣りの準備をする。
でも、あれ。
まずもって結び方が分からない。調べもしなかった。
適当に外科結びで対処しよう。
まあ、なんとかなるだろう。
と思って、両軸リールの使い方さえ分からず、訳が分からないまま竿を海に向け、ゆらゆらタコくんという仕掛けをえいと投げると、いきなり糸が途方もない勢いで絡みだし、リールが止まってしまった。見ると、リールの中がちりちりのアフロヘアみたいになっている。どうすればいいのだ。波止場に座り込み、もつれた糸を懸命にほどく。むし暑さで汗がにじむ。ほどけない。ほどけない。あーれー。
そうやって二時間ほどが過ぎ、誰も助けてくれず、横の人はもたもたしている私を笑いながら、タイをバンバン釣っていて、なんという衝撃。
ようやく糸をほどきなおし、もう一度海に向かって竿を垂らすと、またリールがじゃがじゃがじゃん、じゃがじゃがじゃんと絡みだす。
くそっ。またか。
横のおっさんたちはくすくす。その周りの小さな子供がげらげら。
糸ほどきのコツだけはつかんだのか、今度は三十分くらいでほどける。
次こそは。糸をゆっくりと、どきどきしながら海面へ垂らす。
今度ばかりは大丈夫。すこし感覚が分かったかも。
でも竿にはまったく反応なし。手ごたえなんてまるでない。
テトラポットに座りながら、時間だけが過ぎていく。その間も汗がだらだら流れる。肌がひりひりして仕方がない。
結局、暑さと慣れない釣りに疲れ切ってしまい、朝早くから来ても、正味糸を垂らしていたのは一時間ばかりか。
釣果はやっぱりタコ中のタコ。
くそお。阪神め。あんたらが勝ってくれないからさ。
ファンはこんな羽目になるんだよ。ちぇ。
でも、あきらめずに次回。
必ずリベンジしてみせようぞ。
俺は男だからな。まあ、ダメダメのダメ中のダメだけど。
でも、悔しいからもう一回やってやる。
絶対にあいつらの通勤自転車とスクーターに生のタコメーターを搭載してやる。
そう決意し、また勝負に挑もう。
たぶん秋口くらいに、いや、冬かな。
それとも来年にしようかな。



 
2020年07月05日 21:05

線路はどこまで続くのか

六月は過ぎ去り、もう七月。
月日が過ぎるのは早いなあとつくづく思う。
開業してからというもの毎年六月には大きな出来事があった。
例えば一昨年。
起きたのは大阪北部の震災。
通勤での運転中、急にどん。
大きな縦揺れが起き、車内で体が真上にはねた。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
目の前の電信柱はぐらぐらと揺れ、アスファルトも波打っている。
その後も、余震が続く日々。
そしてさらには大型台風。
あの日。
窓外の暴風雨を眺めながら、誰も来るはずがない受付に座っていた。
窓はみしみしときしみ、シャッターはガタゴトとうなり、暴風の中、窓外では樹々の枝葉やシート、すだれまでもが飛び交うのが目に映った。
一体、今年はどうなるのだろうか。
開業したばかりのなのに。
ひやひやしながら思っていた。
そして昨年。
六月に吹田での交番襲撃。
その日、患者さんが朝早く来院されるため、いつもより早く起きてテレビをつけた。
速報でのテロップ。
千里で銃撃があったとのこと。
犯人は捕まっていませんと、アナウンサーが何度も繰り返す。
嘘やろ。
結構近くやん。
ひやひやしながら、自転車に乗ると、空にはヘリコプターが物々しく旋回。
警官があちこちに立っている。
横を通り過ぎると、鋭い目をした警官に顔をじっと見つめられた。
ヘリコプターのブルブルとした地面を揺るがすような音が鳴り響く中、緑地公園近くを走っていると今度はパトカーのけたたましいサイレン音。
背後から迫ってきて、なにも凶悪なことはしていないのに自分が追われているような錯覚までした。
今年は、どんな六月になるのだろう。
正直、不安だった。
そんな気持ちでこの六月を過ごしていたのだが、ありがたいことに今年は大きな出来事はなかった。
でも、本当に何事もなかったか。
そうでもない。
コロナという災禍。
いまだに続いている。
今年はこのままずっとコロナウイルスに苛まれ続けるのだろうか。
そんな出口の見えない渦巻に巻き込まれたまま、毎日が過ぎている。
昨年暮れから、海外で起きた、対岸の火事のように眺めていた災禍。
気づくと、災いはいつの間にか燎原の火のごとく目の前へと迫っており、国家は自粛という一時的な鎮火を講じてはみたものの、それをあざ笑うかのように小さきウイルスは形を変え、姿をくらまし、それでもひっそりと、ひそかにくすぶり続けていたらしい。
咽頭や鼻腔の粘膜。さらには目には見えない肺野という、無限の広がりがありそうな人体という小宇宙で、はたまたその奥底の無数の肺胞で、粘着するかのようにねっとりとへばりついて。そのままじっと息を殺して潜み続けていたかと思うと、人の往来の自由化とともに、いよいよ待ったましたといわんばかりに飛び出してきて、それどころかさらなる勢いを増して、今ではもはや簡単には消えそうにもない飛沫という途方もない量の火の粉を、我々に向けてこれでもかとこれでもかと次から次へまき散らしてくる。
ネットやテレビでは様々な情報が飛び交い、いろんな立場の人間がときには罵倒のような議論を交わしている。
一体なにが正しいのか。
どこに責任の所在を求めようとしているのか。
一向に見えぬまま。
その間もコロナは素知らぬ顔で、次々と宿主を変え、己の姿を変幻自在に、ものの見事に亜型として変異しながら、次なる新たな人体という隠れ家へ住まいをすいすい巧みに遷していく。
本当は誰も知らない。わかりもしない。
専門家だって人間。
きっと本当のことまではわからず、困っていることだろう。
どうすべきか分かるはずがない。
だって私たちはすぐそばの隣人だって知らない。
隣の相手がどのような考えを持ち、どんな人間か、うわべや態度だけで判断しているけれど、本当はその心根まで推し量ることはできていない。
専門家も、試験管や顕微鏡下でのウイルスの振る舞いはある程度つかめてはいても、彼らの真の姿や、魔法のような変化体系まではいつまで経っても掌握することはできないだろう。
動物を相手に診療をしているといつも思うこと。
抱えた疾病を前にいつも思う。
目に見える多少なりの病に対応できてはいても、本当に真の意味で治しているのだろうか。
きっと体の隅々で傷つき、ダメージを受けた細胞まではケアできていない。
不安がる動物の体や心の機微、ストレスまでしっかりと対応できてはいない。
治せそうにない病気を前にしたときはなおさら。
彼らを前にどうすればいいかさっぱり分からないこともある。
掌握なんてまるでできやしない。
いや、考えてみれば、この自己さえ、私はコントロールも支配もできていない。
目の前の症例に、感情は波のようにいつも起伏を繰り返し、日々困惑し、悩んでいる。
日々いっぱいいっぱい。
そんな人間に未知の生き物を思いのまま本当にコントロールすることなどできようか。
そんなことは無理だ。
ならば、災禍には?
一体どうする?
対策は?
誰かへの責任の所存を求めるのではなく、わかっている情報をもとに自分自身どう振る舞うべきか判断していく。
見えない彼らと折り合いをつける対策を自分で考えながら講じていく。
だんだんと、そうすることが一番大事なことのような気がしてきた。
誰かの言葉をうのみにしていると、責任の所在を誰かになすり付けてしまいそうだ。
際限のない議論に踏み込めば、この小さな頭が混乱してくる。
それどころか下手にそこに首を突っ込めば、自分の心も体もどんどんダメージしていく。
大事なことは、なんだろう。
振り回されない。
誰かのせいにしない。
情報にかく乱されない。
最近、日々、様々な人の振る舞いや言動をテレビやネットで眺めながら、大事なのは密閉、密接、密集という三密行動だけではないように思われてきた。
ならば真のソーシャルディスタンスとはなんぞや。
あふれんばかりの情報という混乱から、適度に距離を保つこと。
その距離感も、ソーシャルディスタンスという言葉の意味合いの一つとして含めていいのでは。
マスコミやネットでは様々な情報があふれ、過剰な攻撃に傷つき、心痛めている人もいると聞く。
今もこの間も、ありもしない誹謗中傷に泣いている人や、命を絶つほどまで追い込まれている人もいるらしい。
ネットだけでなく、学校でも職場でも。
我々の周囲には、様々な災禍が渦巻いている。
今一度、私自身、距離をとることの大事さを考えてみようか。
近づきすぎず、離れすぎず。
月日は終われど、人災や自然災害、災禍はやまず。
私たちは今後も目の前で次々と起こる森羅万象と顔を突き合わせていくしかない。
今年の六月。
振り返れば、過ぎゆけど、考えさせられる、いつもの六月だったのかもしれない。

 
2020年07月04日 18:27

おおぶたこぶた。

最近、雨が多いです。
アジサイやタイサンボク、ヤマボウシ、夾竹桃の花々がとてもきれいです。
自転車での通勤途中、曇天にあちらこちらでひそやかに咲く花々に目を配りながら、今年は長い梅雨になりそうだなあ、と最近はなんとなく思っております。
ゲリラ豪雨にならなければいいのですが・・。
いつものことですが、夏生まれは暑さに強い。冬生まれは寒さに強い。
そんなことをよく聞きます。
が、本当に誕生月に暑さや寒さへの耐久性や好みが関係しているのでしょうか。
そんなの嘘やん。
いつも私は思っています。
なぜって私は六月生まれです。
でも、梅雨はあまり好きではありません。
じめじめとした暑さには毎年辟易するほどです。
ということで私に関しては、生まれ月と季節の好みに関するこの方程式は成り立たないようです。
まあ、そんなことはどうでもいいことです。
さて、それはさておき、さてさてさて。
先日のことです。
かなりの大雨でその日は患者さんの来院がほとんどなく、たまにはこんな日もいいね、とスタッフ一同気を休めておりました。
時間もあったので、お菓子好きの私が普段から用意してあるチョコレートやせんべいなどを食べながら、三人で談笑しておりますと、
ツンドラさんが
「やだ。先生また封を開けるんですか。そんなに食べたらコブタになります」
と平然とのたまいます。
「えっ?」
びっくりして彼女を見ると、
「違う、違う。おおぶたになるですね」
えっ。
ええぇ~。
いま、平然とひどいことを言っていませんか。
私をいよいよおおぶた呼ばわりするのですか。
思わず絶句していたら、彼女は「違いますよ。違います。安心してください。先生のことじゃありません。私のことです」
とパンツをはいた安村さんのような絶対的な自信ありげな表情で私に言います。
「ほんまか。ほんまに俺のことを言ったんじゃないな」
と疑いの目で、さらには念を押すように彼女を見つめて問いただすと、彼女はさらなる屈託のない笑顔を浮かべ、こういいました。
「だって先生の場合、フォアグラですから」
「・・・」
みなさん、どう思われますか?
そんなこと思ってても言いますか。
それとも私が言わせてしまっているのでしょうか。
これをなんといえばいいのでしょうか。
分かりません。
私にはさっぱり分かりません。
ただひとつだけお願いだけはさせてください。
ああ、雨よ。
願わくば、ひたひたと降り続けながら、彼女が繰り出す様々な言葉の毒も一緒に洗い流しておくれ。
そして願わくば、私の肝臓からもあふれ出した脂肪を流し切っておくれ。
六月生まれのこの私。
雨はすきになれそうにもありませんが、長くなりそうな雨空に、そうお願いしたい、そんな思いで先月はいっぱいでした。
 
2020年07月03日 16:56

どこのどなかた存じませぬが…

先日のこと。
診療中、バタバタしており、受付に誰もいない時がありました。
来院を知らせるピンポーンの音が鳴り響いているのに、一人は調剤、他は診療と手を離せず、「すみませ~ん。少しお待ちくださ~い」と声を上げるしか対応はできませんでした。
その間に、ピンポーンとまた鳴り、何も言わず帰られていく足音が…。
スタッフがようやく受付に戻ったころには誰もおらず。
その代わり、受付カウンターには四つ葉のクローバーがそっと置かれておりました。
どこのどなたか存じませぬが、スタッフ一同、うれしい気持ちになりました。
大事に押し花にしようとしております。
どうもありがとうございました。
2020年06月09日 14:36

息子の優しいマッサージ

疲れて家に帰ると、居間で息子がイヤホンをし、スマホを見ながらにやにやしている。
勉強もせず、何かよからぬものでも見ているのではないか、おまえ。
学校が休校だとしても、勉強もせず、自堕落な生活を送っているなんていけないぞ。
そんなのはぜったいよ~くないぞぉ。
ここは親として一度注意しておこう。へっへ。
【息子よ。今日もスマホばかりやってただろ。たまにはやるべきことをやりなさい】
「はぁ~ん」
【はぁ~ん? なんだ、その態度は
「えっ、聞こえないんだけど」
息子がイヤホンをしたまま、スマホから視線を上げ、不機嫌そうに私を見る。
なんという反抗的な目。
一瞬、戸惑う。
でも、ひるんでいる場合ではないぞ。
私にだって、父親としての威厳というものがある。
多少せき込みながら、頑張れと自分の心に言いきかせる。
そうだ、よし。
なんならスマホ以外のなにか他のことをさせてみよう。
【どうだ、息子よ。たまには父の肩でももんでみたらどうだ】
思いつくままに提案してみた。
息子は椅子に座ったまま怪訝そうな顔でなおも私を見ている。
イヤホンを一向に外そうとしない。
お前、私の声が聞こえないのか。
お前には親の思いが届かないのか。
いつからそんな息子になったのだ。
戸惑いながら私は息子の耳からイヤホンを外す。
そして中腰になり、真正面から息子の顔を覗き込むように向き合う。
【息子よ。どうだ。たまには】
「たまにはってなに?」
【だから、敬愛し、尊敬してやまない父の腰をたまにはマッサージでもしたらどうだ】
ふん。
バカにしたように鼻をならし、「あほくせ」と息子は私の手からイヤホンを奪いとった。
また耳にはめる。
「尊敬なんかしてねえし」
【えっ。嘘だろ。お前、照れてる場合か】
「照れてねえし」
【素直じゃないやつめ。正直にいえばよろし。もう一度言う。敬愛し、尊敬してやまない、感謝してもしきれない父親の肩をもめ】
「だから尊敬も敬愛も感謝もしてねえし。ほんま、うぜえな」
な、なんと。
なんという照れ屋なんだ。
素直に認めないなんて。
私もまけてはいられない。イヤホンをぐいと奪い返す。
「なんだよ。勉強の合間に音楽くらい聴いててもいいじゃんか」
【音楽ばっかは良くない】
「音楽ばっかじゃないし」
【じゃ、スマホばっかは良くないし】
「ばっかじゃねえし」
【どうだ。たまには父さんと相撲でもどうだ。で、お前が負けたら肩と腰をもめ】
「なんでだよ」
【なんでだと。当たり前だろ。どうだ、敬愛し、尊敬してやまない、感謝してもしきれない、その背中をいつまでも追い続けたいとどうしても思わせてしまう父親の腰をもめ】
「ああ、うっとうしいなあ」
【とうとうもむ気になったか。尊敬し、敬愛してやまない・・・】
「もう、わかったって。ほんまうぜえな。でも、条件があるから」
【なんだ?
父さんが負けたら、5千円くれよ」
【なに? なんで5千円もやらなければいけない】
「ははぁ~ん。もしかして俺に負けるのが怖いんだろ」
【挑発的な奴め。お前、本気でこの偉大な父に勝てると思っているのか】
「なにが偉大だ。胃が大なだけだろ。だいたい父さんこそ俺に勝てると思ってんの?」
偉そうになりやがって。ああ、望むところだ。勝負だ。本気の勝負だ。
だいたい、お前が私に勝てるはずがない。
私を誰だと思っている。父親だぞ、父親。それも胃大じゃない方の偉大な。
お前なんて弱小だ。チキンだ。
ああ、弱小の弱小。キングオブチキンだ。
バンプオブチキンじゃないぞ。
ははは。
不敵に笑い返しながら、たがいに襟首をつかみあい、畳部屋へ移動。
ルールを決め、はっきょいのこった、の合図とともに組み合うと誓う。
中腰になる。
見合って見合ってのにらみ合い。
なんだ、その眼は。
私は許さんぞ。
ぐいと睨み返してやる。
ふん。
宣言は私が言おう。いくぞぉ。
はっきょおーいのこった。
と言ったとたん、息子が一気に突撃。
ふっと目の前で沈み込んで私の視界から消えたかと思ったら、太ももに強烈なタックルが。
布団が吹っ飛んだと思うより先に私がぶっ飛んだ。
気づくと秒殺。
畳に尻もちをつけられたあげく、そのまま息子は私に馬乗りになっている。
私の両手を太ももで締め付けるように馬乗りになった息子はどうだといわんばかりに大胆不敵に私を見下ろして笑っている。
やめろ。どけ。なにをする。
息子は重くて、身動きさえとれない。
足をバタバタするだけ。
息子はヒヒヒと嫌な笑みをうかべている。
「父さん、約束どおり5千円」
馬乗りになりながら、手を出してくる。
【わかった、わかった。やるからそこをどけ。余は苦しいぞ】
「ほんまにくれるな」
【偉大なる父に二言はない。だから早くどけ】
「ほんまに。ほんまにだな。ちゃんとくれるな」
【やるやる】
「そう言って、いつもごまかすだろ」
「しない。しない。たぶんしない」
畳の上で手足をバタバタさせながら、私は必死でいう。
「あっそ。そっちがそういう態度ならさ」
【態度?】
「父さん、お望みとおりマッサージしちゃるわ」
な、なんと。優しいじゃないか。
と思いきや、息子は私の胸に両手を重ねるように当ててきた。
何をする、息子よ。
息子は私を見下ろし、ギャハハと笑う。
どすどすどす。
違う、違う、それはちがーう。
マッサージはマッサージでもそれは心臓マッサージだ。
【おえ、おえっ。やめろ、息子よ。いいか、心臓マッサージは止まった心臓にするものだぞ】
「え~っ。止まってんじゃないの。黙ってな。いま動かしてやっから」
息子はヒヒヒと笑いながら、ドスドスドスを一向にやめてくれない。
へっへっへ。
にたにた笑いながら、ひたすら心臓マッサージを繰り返してくる。
私はただただ【おえおえおえ】
いずれ子は親を追い越すという。
どの親にも訪れる末路だ。
にしても早すぎる。
おまけに私の薄っぺらい財布から5千円もうばいやがって。
なんてひでえ末路なんだ。
もう挑発なんてするもんか。
心臓マッサージを受けながら、私は自分の心臓にそう誓いました。
ふん、だ。
 
2020年06月04日 21:25

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